ここでは少しだけ、心斎橋の今昔についてみていきましょう。
【心斎橋の歴史】
心斎橋は、いつの時代も常に注目を集めるエリアとして発展してまいりました。
その歴史はとても古く、江戸時代にさかのぼります。
この時代に、既になんと「呉服屋松屋」(今の大丸)が出店されています。

(土間の次に、畳の間があるお店の構えは明治に入っても長らく続き、
大正時代にようやく土足で入れるようにしたことで、売上が2倍に上がったとか!)
また、劇場が立ち並ぶ道頓堀に通じていたことから、
お芝居の帰りに立ち寄る場所として、呉服屋、菓子屋等が立ち並んでいたようです。

このように江戸期を通して、心斎橋は日本中の物資が集まる
大坂における小売の中心的役割を果たし、
その後の明治・大正期と続く、大阪の発展とともに繁栄し、
「東の銀座、西の心斎橋」と呼ばれるまでになりました。
【心斎橋の今】
また、今もなお心斎橋は、当エリアに店を出すことがステータスとなっており、
レスポートサック、クリスチャンディオール、ディズニーストア、
ハーゲンダッツカフェ、ユニクロプラス、マルコ等、
フラッグシップショップ(旗艦店)が数多く立ち並んでいます。
しかしながら、この日本を代表する心斎橋も
常に上り調子であるわけではありませんでした。
この低成長時代、全国各地の商店街が抱える課題に、
心斎橋も直面した時期があったのです。
大型店や老舗の撤退、パチンコやゲームセンターの増加・・・等々
「心斎橋筋商店街振興組合」の事務局長をされている平松様はおっしゃいます。
「変わろうおもったきっかけは「危機感」だった。お客さまを大事に想うという商売の
原点に立ち返ろう、そう思って一から始めたんですわ!」
次回は、心斎橋商店街の方々が、課題を抱える中で、
どのように「危機感」を契機に、戦略構築へとつなげ、
「エリアマネジャー」として立ち上がったのか
その内容についてじっくりみていきたいと思います。
それでは、お楽しみに♪
※写真は心斎橋筋商店街振興組合様HPより



